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<title>柏文の日記</title>
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<description>日々思うこと、感じたことーなど思いつくままに綴ってみようと思う。</description>
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<title>庭の手入れに降参、専門の庭師に依頼へ</title>
<description> 　　　　狭いながらも我が家の庭は結構樹木が生い茂っている。春以来、この植木と対峙して格闘してきた。枝打ちしたり、あるものは根っこから切るなど大変な難作業だった。しかし、どれもこれも中途半端に終わった。樹木が大きくなりすぎて太刀打ちできないのである。ついに冬を迎えようとしているが、もうお手上げである。　　　　杉や楠木の大木、松や紅葉、蜜柑の木も随分と大きくなった。大きな木だけで二十本はくだらない。低
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<![CDATA[ 　　　　狭いながらも我が家の庭は結構樹木が生い茂っている。春以来、この植木と対峙して格闘してきた。枝打ちしたり、あるものは根っこから切るなど大変な難作業だった。しかし、どれもこれも中途半端に終わった。樹木が大きくなりすぎて太刀打ちできないのである。ついに冬を迎えようとしているが、もうお手上げである。<br /><br />　　　　杉や楠木の大木、松や紅葉、蜜柑の木も随分と大きくなった。大きな木だけで二十本はくだらない。低木の木も放置したまま荒れ放題。もはや手も足も出ない。残念ながら専門の庭師に依頼することになった。大将らしき庭師さんが見積もりに来てくれた。一目見るなり「これはひどい荒れようだ。素人さんには無理でしょう」と即座にため息をついた。大きいものは二階の屋根をも覆いつくしているのである。驚くのも当たり前だろう。<br /><br />　　　　一回り見て回って「いいでしょう。多人数で一日できれいにしましょう」とその庭師はきっぱりと言った。これだけの仕事を一日でできるの？と思ったが、相手は専門家だ。多分できるのだろう。見積もりは？と聞くと、「うん、かなりの人数でやるので、００十万はかかります。」と言う。こちらもある程度は覚悟をしていたが、予想を超える見積もりにびっくり。それ以下にはまけられないという。<br /><br />　　　　　まあ、考えてみれば、これまで一度も庭師に来てもらった事はない。これまでずっと自分ひとりで剪定作業をこなしてきた。しかし、もう年には勝てない。高い梯子での作業はもう無理なのだ。老いる事とは哀しい事なのでもある。普通の場合、１回の剪定作業で五、六万円はかかると言うから、示された見積もりでもやむをえないのかもしれない。そう割り切って頼む事にした。<br /><br />　　　　　その庭師は「今回きれいにすれば、あとは四、五年間は大丈夫ですよ」といってくれた。それを信じて任せる事にした。まだ、作業には入っていない。今月中には入る予定である。妻が言った。「今までの付けがどんと来たわね、でも、家も庭も明るくなるだろうし、いいのじゃない。風通しもよくなるしね。私が具合が悪いのも、家が藪に包まれたようになっているからかもしれないし。この機会にすっきりしましょう」と助け舟を出してくれた。<br /><br />　　　　　さて、どんな庭に生まれ変わるのか、楽しみである。ことしは春早々から妻が五十肩にかかり、いまなお痛みを訴え病院通い。途中では腸炎を患い三週間も入院した。決していい年ではなかった。来年こそはいい年になるーーそんな気持ちになってきた。人間は「気」の動物である。環境が変われば気分も変わるだろう。よき年を迎える事ができるようにと願いつつ、庭師さんの到来を待っている今日この頃である。自然との共生はなかなか難しいものだーと実感しているところである。 ]]>
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<title> 台風も異常気象と無縁ではない</title>
<description> 　　　　今年最強の台風１８号が日本列島を縦断して、北海道の東海上へ抜けていった。幸い九州地方への影響は少なく、空や海の便が欠航する程度ですんだ。しかし、愛知県の知多半島付近に上陸した台風は、和歌山や埼玉県などで倒木による死者を出したのをはじめ、東京や大阪、愛知県など２２都府県で百人を超す負傷者を出すなど猛威を振るった。　　　　それに農家や漁業者にも多大の被害をもたらしたようである。茨城や千葉では建
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<![CDATA[ 　　　　今年最強の台風１８号が日本列島を縦断して、北海道の東海上へ抜けていった。幸い九州地方への影響は少なく、空や海の便が欠航する程度ですんだ。しかし、愛知県の知多半島付近に上陸した台風は、和歌山や埼玉県などで倒木による死者を出したのをはじめ、東京や大阪、愛知県など２２都府県で百人を超す負傷者を出すなど猛威を振るった。<br /><br />　　　　それに農家や漁業者にも多大の被害をもたらしたようである。茨城や千葉では建物の屋根が一瞬にして吹き飛ぶなど台風の最中に竜巻が発生するなど今までにないタイプの台風だったというから怖い。普通なら「台風一過の秋晴れ」と言いたいところだが、近年の台風は異常気象と重なって、これまでにない異質の被害をもたらすようである。<br />　<br />　　　　　どんなに科学技術が進んでも、自然の猛威の前には人間は無力である。自然環境を日ごろから大切にして、自然との共生共存を図るような暮らし向きをしていかなければならないのではないか。日本に限らず、近年は猛烈な台風が襲うケースがアメリカや欧州、東南アジアなど世界的に広がっている動きがある。<br /><br />　　　　　モノ豊かさ、暮らしの便利さを求める人間の習性か、その行為のなせる業か、乱開発は世界規模で起きており、多くの化学物質の大気への放出も止まらない。これらは大気をはじめ河川、海ーーなどあらゆる自然を痛め続けている。その結果の異常気象ではないのか。<br /><br />　　　　　あらゆる生態系を元に戻してやる努力、姿勢こそ今、大切ではないのだろうか。巷にあふれるモノ、もの、物はもう十分だろう。その欲求を抑えていいはずだ。便利過ぎる暮らしがわれわれを幸せにしてくれるとは限らない。少しは不便でも平穏な安心して暮せる普通の暮らしがいいのではないか、とも思う。<br /><br />　　　　　鳩山総理はこのほど国連で日本の温室効果ガス排出量を２０２０年に１９９０年比で２５％削減するとの国際公約を公表した。そのために国内での努力はもちろん発展途上国に日本の省エネ技術や資金を積極的に提供して、地球温暖化対策を支援することも表明した。すばらしい事だと思う。国民もそれなりの負担が伴うかもしれないが、ここはひとつ、鳩山総理の決断に賛同しなければならないだろう。地球の未来のために、子供たちや子孫のために、国民も協力を惜しんではならない、と思う。<br />　　　　　　 ]]>
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<dc:date>2009-10-09T17:23:40+09:00</dc:date>
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<title>退院だ。妻がやっと帰ってきた。</title>
<description> 　　　　虚血性腸炎で入院していた妻が三週間ぶりに退院が決まり、帰宅となった。とにかくよかった。自己本位かもしれないが、これで独り暮らしから開放され、いつもの夫婦二人暮らしの平凡なに戻った。一筋の光明が家の中に差し込んだ感じである。　　　　とにかく独り暮らしは辛かった。きつかった。そうは言っても妻は病床で病と闘っている。自分も頑張らなければ、とじっと我慢の子であった。甘いとか、女々しいとか、言われよ
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<![CDATA[ 　　　　虚血性腸炎で入院していた妻が三週間ぶりに退院が決まり、帰宅となった。とにかくよかった。自己本位かもしれないが、これで独り暮らしから開放され、いつもの夫婦二人暮らしの平凡なに戻った。一筋の光明が家の中に差し込んだ感じである。<br /><br />　　　　とにかく独り暮らしは辛かった。きつかった。そうは言っても妻は病床で病と闘っている。自分も頑張らなければ、とじっと我慢の子であった。甘いとか、女々しいとか、言われようが、やはり独り暮らしは辛いものだ。世の中には多くの独り暮らしの高齢者がいる。その人たちの寂しさやむなしさ、哀しさがわが身のようによく分かる。高齢社会のなかの大きな問題であろう。<br /><br />　　　　妻は三日間絶食、点滴だけで過ごした。四日目から重湯と味噌汁の汁だけ。六日目から３部かゆと少々のおかずーーと少しずつ回復へ向かった。お腹がすいてどうしようもない、と言いながらも病院食に徹した。普通食になったのはだいぶん経ってからだった。妻は文句ひとつ言わずに療養に専念した。そして三週間目の終わりごろになって腸の内視鏡による再検査。大先生が内視鏡を見ながら「おお、きれいになったね。よかった、よかった。もう大丈夫だよ」とやさしく語りかけて下さったそうだ。立派に回復した。その翌日、退院となった。<br /><br />　　　　「久しぶりの我が家、やっぱり自宅が一番いいわ」と妻が明るく笑った。「うん、よかった、よかった。もう安心だ」ー私も適当な言葉もなく、”よかった”を繰り返した。妻はやはり家庭の太陽のようなものだ。こんなとき何もできない男の自分を情けなく思った。「男って弱いものだ！」と言葉にならない言葉でささやいていた。<br /><br />　　　　三週間も入院していたので、妻もまだ本物ではない。体力が落ちていて、手足に力が入らないとこぼす。ほったらかしにしていた家の中を少し片付けただけで疲れるという。人間、常に動いていなければ機能が低下する。元に戻るには時間が要る。しばらくはリハビリ並みに徐々に体を馴らしていく以外にないようである。<br /><br />　　　　それに先に痛めていた五十肩の痛み、だるさはまだ残っている。これからは五十肩の方の治療にも専念しなければいけない。また、新たな病院かよいが始まるのだ。<br /><br />　　　　息子夫婦が早速、退院祝いに駆けつけてくれた。嫁が最近習ったという「体に優しい料理」三種類を作って持参してきた。心のこもった料理である。味もいい。美味しい。大きなタイもいつも買う魚屋さんから退院祝いに、と頂いてきた。ささやかながら楽しい、賑やかな食卓になった。妻も大喜びである。家族四人が久しぶりに会っての会食。最高のひと時であった。<br /><br />　　　　苦も楽も日々、変わってわれわれの暮らしの上に降ってくる。苦しい事、辛い事があれば、家族みんなで支えあい助け合う。楽しいときはみんなで喜びを分かち合う。それがわれわれ庶民に与えられたささやかな幸せなのかもしれない。そう思い一日一日を大切に過ごしたいと願っている。　<br /><br />　 ]]>
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<dc:date>2009-09-28T17:05:44+09:00</dc:date>
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<title>独り暮しは本当に辛いものです</title>
<description> 　　　昼間の残暑はまだ厳しいが、朝夜はもう秋の気配がいっぱい。しみじみと秋の寂しさを体感している今日この頃である。独り暮しは本当に切ないものである。　　　なぜかって？　妻が緊急入院したからである。虚血性腸炎という病名である。前日までは全く自覚症状はなかった。夕飯もいつものように「おいしい」といって食べていた。ところが翌朝の８時ころトイレニ起きたところ、びっくりするような下血である。それが三回ほど続
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<![CDATA[ 　　　昼間の残暑はまだ厳しいが、朝夜はもう秋の気配がいっぱい。しみじみと秋の寂しさを体感している今日この頃である。独り暮しは本当に切ないものである。<br /><br />　　　なぜかって？　妻が緊急入院したからである。虚血性腸炎という病名である。前日までは全く自覚症状はなかった。夕飯もいつものように「おいしい」といって食べていた。ところが翌朝の８時ころトイレニ起きたところ、びっくりするような下血である。それが三回ほど続いたらしい。<br /><br />　　　これは大変！とばかりかかりつけの病院へ急いだ。主治医の女医さんが「これは虚血性腸炎の疑いがあります。すぐに内視鏡で確認しましょう」といって、検査室へ。腸の汚物をきれいに流した後、内視鏡室のベッドへ。検査はベテランの老医師。「うん、これはひどい炎症だ。腸炎に間違いない」と診断。「早く来てよかった。後の処置もしやすい。」と説明してくれた。<br /><br />　　　モニターによると、腸に入ったところからS字結腸あたりまで全面が真っ赤にただれて、出血している。この症状は突然来るそうで、血液の流れが鈍り、うっ血状態のときに起こりやすいという。それに体が水分不足になったときも酸素不足と合わせて起こるそうだ。これが脳内で起これば脳出血、心臓で起こればまた大変な事になる。「腸炎でよかった」と説明してくれた。<br /><br />　　　女医さんの診断のとおりだった。「今日からしばらくは絶食ですよ。すぐ入院してください。その間は点滴だけです」といわれて、取るものもとりあえず入院したのだった。それから三日間は一日五本の点滴に耐えなければならなかった。四日目から重湯と味噌汁の上澄みだけ。それに点滴が二本に減った。しばらくは流動食と点滴になる。<br /><br />　　　私は昼間は病院通い、何もする事はないのだが、こんなときくらい付き添ってやらなければ申し訳が立たない。私が腹を切ったときは毎日、大学病院まで通い、一日中いて何かと手を焼いてくれた。ありがたかった。夫婦というものはそんなものだろう。苦しいとき、辛いとき、悲しいときーーー共に支え合うのが夫婦というもんだ。<br /><br />　　　それにしても夜、自宅に帰って一人夕飯を食べるわびしさは辛い。独り暮らしがいかに辛いか、改めて分かった気持ちである。世の中には独り暮らしのお年寄りが結構多い。そのような人たちのことを思うと、あまり弱音は吐けないが、その寂しさがよく分かる。<br /><br />　　　いろいろ考えるうちに、だから「俺は妻より先に死にたいのだ」と思う気持ちが強まってくるのである。妻は私より七つ若い。それに女性が平均余命ははるかに長い。どう考えても、私の方が早く死ぬ確立は高い。そんな話を妻にすると、「人間、歳だけでは死期は予想できない。私の方が早く逝くかもしれないでしょう」と反論する。「いや、それはない。俺はもうだいぶんがたが来ている。お前は長生きしてくれ。あと三十年は生きて楽しんでほしい」というと、「そうね、二人ともうんと長生きして旅行でも楽しみましょう」と切り返してくるのだ。<br /><br />　　　さてさて、長生きもいいが、世の中どう変わっていくものやら、当面、妻が病気を早く治して一日も早く元気になって家に帰ってきてほしいーーそれが目下のところの最大の願いである。　　 ]]>
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<dc:date>2009-09-11T17:26:04+09:00</dc:date>
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<title>清流は果たして蘇るのか</title>
<description> 　　　長崎の中心街を流れる中島川という歴史的な川があります。子供のころ夏休みになれば、上流の中川町あたりでよく水遊びをしたものでした。堤もあって、そこでは泳ぐ事もできました。鯉やフナも自然にいて、それを追いかけてはもぐったりしたものです。お腹がすいて家に帰ると、サツマイモが釜いっぱい蒸かしてあり、それをパクつくのが楽しみでした。　　　戦後もしばらくすると、川はどんどんにごりゴミも散乱し、どぶ川とな
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<![CDATA[ 　　　長崎の中心街を流れる中島川という歴史的な川があります。子供のころ夏休みになれば、上流の中川町あたりでよく水遊びをしたものでした。堤もあって、そこでは泳ぐ事もできました。鯉やフナも自然にいて、それを追いかけてはもぐったりしたものです。お腹がすいて家に帰ると、サツマイモが釜いっぱい蒸かしてあり、それをパクつくのが楽しみでした。<br /><br />　　　戦後もしばらくすると、川はどんどんにごりゴミも散乱し、どぶ川となっていきました。もう泳げる川など、どこにもありません。「身の回りの環境の大切さ」をすっかり忘れて、「経済優先」の暮らしにかまけてきた結果です。悪臭が漂い、見た目にもゴミが山積みされた河川があちこちに出現しました。<br /><br />　　　そんな中、５０年代ころから市民の一部から「中島川をきれいにしよう」という声が持ち上がりました。あまりにも河川が汚れてどうしようもないことに気づいた結果です。年に何回かの清掃活動が始まりました。その積み重ねで川は少しずつ生気を取り戻していきました。やっと行政も重い腰を上げて市民と一緒になって清掃に取り組むようになり、河川の改修工事も重なり、川らしい川が蘇り始めました。もちろん、その背景には下水道の整備普及も大いに貢献しています。<br /><br />　　　今では定期的な市民あげての清掃活動が展開されるようになり、川祭りなどもあって市民の意識も大きく前進しました。鯉やフナ、アヒルや水鳥、亀などが楽しむ川が実現できたのです。でも、まだ完全ではありません。いったん汚れた川はなかなかもとには戻りません。まだまだ子供たちが水遊びできるような川ではありません。泳ぐ事もできません。<br /><br />　　　記憶に生々しい長崎大水害のあと、行政はいち早く河川改修に取組みました。しかし、これもほとんどがコンクリート造りの三面張りの河川改修だったのです。山の水は流れ込まなくなりました。おまけにもっとも大きな問題は、山の中はどこも荒れ放題状態になっていることです。管理する人も全くなく、水源の確保に大きな問題を残しています。「荒れた山を整備しよう」という声は行政からもまったく聞かれません。梅雨時は長雨の後、大雨が降れば、三面張りの川はとうとうと水が流れます。あふれんばかりの勢いです。でも、いったんお天気が続くと一滴の水も流れる事がない川に変身します。<br /><br />　　　こんな話はどこにもあると思います。なんとも怖いことです。三面張りの川が昔のような石積みの川に戻ることはもうないでしょう。蛍もトンボも見られなくなりました。モノ豊かな便利な世の中を追い求めた末の環境破壊なのです。子供たち、孫たちの世代もその大きな代償を払っていかなければならないのでしょうか。少しきれいになった川を眺めて満足していてはならないのではないでしょうか。 ]]>
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<dc:date>2009-08-07T17:23:09+09:00</dc:date>
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